たすけあい共に輝く命がある 天台宗 一隅を照らす運動 The Light Up a Corner of the World Activities

一隅を照らす運動ニュース

第10回ラオス学校建設団参加者を募集しています!!

第10回ラオス学校建設団参加者を募集しています!!

 一隅を照らす運動総本部「地球救援事務局」では、海外救援事業の一環として、ラオスに学校を建設するスタディーツアーを実施いたします。
 性別・技術・語学などは問いません。学校建設作業を通じて、海外支援の大切さを目と耳と体で直接感じ取っていただくとともに、現地の子どもたちや村の人々と心の交流をはかる機会として、多くの方々にご参加いただきますようお願い申し上げます。なお、今回のツアーには、シヴィライ中学校建設に対して多大なご支援・ご協力をいただいた、東京外国語大学・安井清子先生がボランティア通訳として同行してくださいます。


◆期  間:平成19年2月24日(土)~3月5日(月)  9泊10日(予定)
◆建 設 地:ラオス中部・ビエンチャン県ヒンフープ郡シヴィライ村
◆内  容:学校建設作業(レンガ積みやセメント運びなどの単純作業)
子どもたちとの交流(サッカーや縄跳び、折り紙、歌唱指導等を通じて交流していただきます)
◆参加費用:15万円(航空運賃相当。総額費用の内、不足する分については総本部で負担します。ただし、ビザ代及び関空までの交通費・電話代などは含まれません)
◆募集定員:25名(定員になり次第締め切ります)
◆参加資格:18歳以上の健康な方。性別・技術・語学不問。
◆参加条件:子ども好きで、体力に自信があり、消化器系が丈夫なこと。行程中は主催者の指示に従い、団体行動がとれること。
◆申込方法:TEL・FAX・E-mailで一隅を照らす運動総本部までご連絡ください。参加申込用紙をお送りしますので、必要事項をご記入の上、添付書類等をそろえて平成19年1月12日までに、一隅を照らす運動総本部「地球救援事務局」へお申し込みください。
◆選  考:総本部にて書類審査。参加希望者多数の場合は総本部にて抽選。
◆連 絡 先:〒520-0113 滋賀県大津市坂本4-6-2 天台宗務庁内 一隅を照らす運動総本部「地球救援事務局」 TEL 077-579-0022 FAX 077-579-2516 E-mail info@ichigu.net 

竜巻により甚大な被害を受けた延岡市に総本部から義援金

竜巻により甚大な被害を受けた延岡市に総本部から義援金

 平成18年9月20日、秋吉文隆一隅を照らす運動総本部長は、台風13号による影響で発生した竜巻に襲われ、大きな被害を受けた宮崎県延岡市を訪れ、被害状況を視察した。
 延岡に到着した秋吉総本部長は、竜巻が通過したと見られる地域にあり、庫裏や本堂、会館の瓦と窓ガラスが飛散・破損等の被害を受けた善正寺(野中玄雄住職)を訪問。被害状況を視察し、お見舞いするとともに野中師より当時の状況について話を伺った。
 その後、善正寺から延岡市役所へ移動。その道中、延岡市内の至る所で倒壊した家屋や傾いた電柱等が見られ、竜巻のすさまじさを目の当たりに実感した。市役所では野中師のお世話により、首藤正治延岡市長が直接面会してくださり、総本部長から義援金50万円を手渡した。首藤市長は「竜巻が市内中心部を通過したこともあり、住宅などへの被害は甚大。しかし、昨年の台風災害の教訓を生かしてボランティア組織を構築していたおかげで、翌日には市の職員も含めて700人のボランティアが集まり素早く行動できた。一日も早い復旧に向けて精一杯取り組みたい」と話された。

第6回一隅を照らす運動公開講座を天台宗務庁で開催

第6回一隅を照らす運動公開講座を天台宗務庁で開催

一隅を照らす運動公開講座(主催:一隅を照らす運動総本部)が平成18年9月12日に天台宗務庁(大津市坂本)で開催された。第6回となるこの度の公開講座では木村至宏先生(成安造形大学学長)を迎え、一般市民など約160名の参加者があった。
先ず開会式では、秋吉文隆一隅照らす運動総本部長により、伝教大師のお言葉を参加者も加わった唱和があり、次いで総本部長から開講挨拶があった。
 第一部では木村先生は、「山の中での籠山、山修山学、山の霊気が学問の道を深めさせて、たえず相手は人間というより、もっと大きな大自然であること、そこに最澄は山岳仏教の基礎を築いた大きな意味があるではないか。まさに一乗止観院の建立は現在の天台教学の中心である。」「竹生島(琵琶湖の北部に浮かぶ島)の弁財天は、日本三大弁財天の一つで総本宮であり、ほかの厳島・江ノ島弁財天へ勧請された。」「琵琶湖の形は、弁財天の持っている楽器の琵琶からきているが、「びわこ」と言うようになったのは意外にも新しく江戸時代である。弁財天はインド伝来の水を司る神であり、芸能・学問の神である。龍神の役目も果たしている。」など多義にわたり幅広く説明され、時折ユーモアを混ぜながら分かりやすく話された。
 次いで第二部は、「今 再発見のとき」と題して、木村先生に質問の時間が持たれ、参加者からの質問に対してお答えになり、最後に、木村先生は、「もう一度私達は、根源に帰って、自然と共に生かされている気持ちが必要であり、また環境問題から、共生といわれている。自分の暮らしているところの足下をもう一度見て再発見して素直に“有り難う”と言うことは大事です。」と話された。

《1935年滋賀県生まれ、大谷大学院文学科研究科、専攻は日本文化史。大津市史編纂室室長を経て大津市歴史博物館初代館長。1996年成安造形大学教授。2000年成安造形大学学長に就任。著書に「琵琶湖その呼称の由来」「図説近江の街道」「図説滋賀県の歴史」など多数。》

第二部質問
① 琵琶湖のかたちを見るために、滋賀県のいろいろな山に登り、飛行機ににまで乗ってしまつたり、又、弁天さまを求めて御所の中を二日かけて探し歩いたりされて、とっても、エネルギッシュでいらっしゃいますが、何かに気づいたり、発見したり感動したりするために、現地を訪ねることと、あと自分の感性を豊かに磨くことの三つが大事なのかと思ったのですが、他に必要なもの足りないものはありませんか。

② 坂本と下阪本が違うのはどういう意味がありますか。

③ 竹生島の弁財天は日本初だそうですが、弁財天さんは水のそばに必ずおられると言うことですが、弁財天と水のかかわりを教えて下さい。

④ 古津、大津の呼称の順序?古来の呼称は大津でしょうか?

⑤ 現在の滋賀県地図を見て昔のマップも変わっていませんか。琵琶に似ているでしょうか。現在は上空から観て地図のとおりでしょうか。ホテルなど建設され、埋め立てもあり、少しも変動はないのですか?
(大切な琵琶湖、命の水)

⑥ 天地天皇、壬申の乱の昔から知られている当地のこと。今更ながら誇りに思いますが、最近の大津は何となく淋しく活気がないように思います。何故でしょうか。毎日眺めている琵琶湖の歴史的、文学的、音楽的話に感銘致しました。70年近い昔、女学校の校長が琵琶の形なんを分かる筈もないのに、琵琶湖とは何故ついたか?という話をされ、あまりに深く気にとめなかったですが、今日の話で納得しました。是非漢字で琵琶湖と表現したいと思います。質問でありませんが私の感じたことです。
質問 23通

ジャワ島地震義援金400万円をAMDAに寄託

ジャワ島地震義援金400万円をAMDAに寄託

 一隅を照らす運動総本部では、ジャワ島地震被災者への医療支援活動に役立ててもらおうと、平成18年8月8日、秋吉文隆一隅を照らす運動総本部長が岡山市内の特定非営利活動法人AMDA(アジア医師連絡協議会)を訪れ、ジャワ島地震義援金として400万円を菅波茂AMDA理事長に手渡した。
 贈呈後の談話で、現地の現況と活動報告を聞いた総本部長は、「被災した方々へ息の長い支援活動をお願いしたい」と話した。
 なお、この義援金400万円は、一隅を照らす運動総本部がジャワ島地震発生直後から7月7日まで、全国の天台宗寺院や一般の方に募金を呼びかけて集まった浄財の一部で、その他にもシャンティ国際ボランティア会や日本ユニセフ協会等にも浄財をジャワ島地震義援金として寄託している。

天台青少年比叡山の集い研修生が募金を寄託

天台青少年比叡山の集い研修生が募金を寄託

 平成18年8月4日、比叡山延暦寺において「比叡山宗教サミット19周年世界平和祈りの集い」が開催され、その式典の中で地球救援募金寄託式が行われた。この募金は、毎年8月に行われている「天台青少年比叡山の集い」に参加した中学生が、この日のためにとお小遣いの中から出し合った募金と、全国から寄せられた浄財を合わせたもので、募金総額は300万円。
 寄託式では、中学生を代表して村松正子さんが「世界では過酷な内戦や紛争により多くの子どもたちが殺され、家や家族を奪われ、重い傷や障害を負っています。どうか、こうした子どもたちを救って下さい。私たちが平和への願いを込めて持ち寄った募金を世界の子どもたちの救済のために寄託します」と記された目録を読み上げ、小堀光詮一隅を照らす運動会長へ手渡し、引き続き、小堀会長から早水研日本ユニセフ協会専務理事に贈られた。

三千院門跡がチャリティー墨蹟展の収益を総本部に寄託

三千院門跡がチャリティー墨蹟展の収益を総本部に寄託

 天台宗五箇室門跡の一つ、京都市左京区大原の三千院門跡(小堀光詮門主)では、恒例の「チャリティー墨跡展」を開催。その収益金を地球救援・戦争被災児童救援募金として、一隅を照らす運動総本部「地球救援事務局」と京都新聞社会福祉事業団に寄託した。
 墨跡展は、三千院門跡で毎年6月から7月にかけて開催される「あじさい祭り」に併せて行っているもので、全国の高僧・名士の方々が筆を振われた色紙や掛け軸などを出展されている。
 平成18年7月26日、大島亮幸三千院門跡執事長が天台宗務庁に来庁され、収益金の一部である30万円を濱中光礼一隅を照らす運動理事長に手渡された。

福島大会が開催され、赤松光真師が講演

福島大会が開催され、赤松光真師が講演

 平成18年7月10日、一隅を照らす運動推進福島大会(渡邉亮海教区本部長)が福島市たまのや黒岩斎苑を会場として400余名が集い盛大に開催された。
 第1部では、比叡山讃仰和讃が奉詠される中、出仕者が入場、渡邉本部長導師のもと伝教大師報恩法要が営まれた。
 第2部では、同本部長の挨拶に始まり、秋吉文隆一隅を照らす運動総本部長が祝辞を述べた後、延暦寺一山金台院住職・赤松光真師が「一隅を照らす心」と題した講演を行った。赤松師は「人は皆心の中に小さな仏さまを持っています。仏さまの心が自分の中にあることを自覚し、それを磨くことが一隅を照らすことになるのです」と話され、参加者は深い感銘を受けていた。
 終わりに、実践3つの柱を参加者全員で唱和、天台宗開宗1200年慶讃記念として制作された比叡山仏道讃仰和讃を奉詠した。
 また、高宮俊行教区仏青会長から秋吉総本部長に地球救援募金が手渡された。

覚王山日泰寺で東海大会を開催

覚王山日泰寺で東海大会を開催

 平成18年6月24日、東海教区本部(中村廣文教区本部長)は覚王山日泰寺普門閣を会場に、一隅を照らす運動推進大会並びに檀信徒総会を開催し、約120名が参加した。
 推進大会はまず、地元愛知県在住で、難病のため闘病中の山下みらいちゃんを支援する募金が呼びかけられ、参加者から94,000円の浄財が集まった。引き続き、秋吉文隆一隅を照らす運動総本部長が挨拶。その後、東海教区本部からジャワ島地震義援金として100,000円が秋吉総本部長に手渡された。
 講演では、長崎県宗教者懇話会会長・野下千年師を迎え、「私の諸宗教対話」と題し、原爆の被害や様々な宗教的軋轢など、不幸な歴史を持った長崎で、キリスト教や諸宗教の僧侶達が集まり、宗教・宗派・民族を超えた対話と相互理解のために努力していることを紹介し、宗教の融合がいかに大切であるかを語られた。
 大会に先立ち行われた檀信徒総会では、中村廣文教区本部長と可児光永宗議会議員を来賓に迎え、参加者全員で法楽が行われた後、平成17年度の事業報告と収支決算、平成18年度の事業計画案と予算案が承認された。

九州西教区一隅大会が開催されました。

九州西教区一隅大会が開催されました。

 九州西教区本部(神原玄應教区本部長)は、平成18年7月5日、佐賀県武雄市「武雄市文化会館」を会場に、九州西教区本部一隅を照らす運動推進大会を開催。今回の大会には凡そ400名が集った。
 まず、午前10時より檀信徒会総会に始まり、引き続いての記念講演では、インド共和国禅定林住職 サンガラトナ・マナケ・法天師を講師に「慈悲と共生」と題し、『困っている人々に慈悲の精神で布施行を実践し、その布施を受けた人々が自立し、周りの人に布施を行えば、皆が自立し真の共生できる』と話された。
 また、午後からは、一隅を照らす運動総本部長 秋吉文隆師の来賓挨拶に引き続き、教区仏教青年会出仕による天台声明公演、福聚教会九州西本部による奉詠舞大会が行われた。翌日(6日)には、比叡山延暦寺教化部長 山本光賢師を講師に伝道師専門部研修会が開催された。

第5回「心のつどいin比叡山」が、開催されました。

第5回「心のつどいin比叡山」が、開催されました。

第5回「心のつどいin比叡山」研修会(一隅を照らす運動総本部主催)を比叡山延暦寺会館で開催。6月28日、29日の一泊二日に亘り、一般公募で募った男女43名が参加した。
先ず開会式では、秋吉文隆一隅を照らす運動総本部長お導師のもと法楽で始まり、
次にオリエンテーション・坐禅止観などの説明があった。
 研修会では、「癒しの体操」をテーマに久米邦子先生(神戸市立体育館・公民館インストラクター)による講演が行われた。童謡に合わせ日頃使わない筋肉のストレッチ体操を行ない、次の動きに移るごとにユーモアを混ぜながら話された。
夕食後、「祈りの心」と題し、光永覚道師(北嶺大行満大阿闍梨、延暦寺南山坊住職)による講演があり、「全ての人が自分の鏡であり、人が何をしてくれるのではなくて、自分が何をさせていただくかが大切で、自己責任をもつことが感謝につながる」と説かれた。
翌日は、早朝5時起床後、研修生は根本中堂に入り、坐禅止観の実修。その後、書院境内の清掃、延暦寺会館でのお写経、それぞれが熱心に取り組んでいた。
参加者の多くが初体験の様子で、ある研修生は「内容が豊富で時間が過ぎるのを忘れ、本当に楽しく心が癒された」と感想を述べ、又ある研修生は「気さくなお話で心を打たれ感銘を受けた」と語っていた。

《光永師は、昭和50年に出家得度。比叡山の荒行である千日回峰行に入り、平成2年に満行。また平成8年に比叡山12年籠山(ろうざん)行を成し遂げた。》