たすけあい共に輝く命がある 天台宗 一隅を照らす運動 The Light Up a Corner of the World Activities

天台宗の教え~一隅を照らす運動の源泉~

『法華経』には、すべての人々は仏になることができると説かれています。天台宗の高祖である天台大師(智ぎ)や日本天台宗を開かれた宗祖伝教大師(最澄)ほか、実に多くの先人方の信仰と精進により、その教えは今日まで連綿と受け継がれてきました。まさに永遠の命を持つ仏(久遠仏)が、悩める多くの人々の魂を救済しながら信仰への意義付けや喜びを授け与えてきたことに他なりません。
仏の教えは、声聞(しょうもん・仏の教えを聞いて悟る者)・縁覚(えんがく・仏の教えによらず自ら悟りを開く者)・菩薩(ぼさつ・一切衆生を救済しようと利他の精神を発揮する者)という三乗に対して、それぞれ別々に説かれますが、その根本では一乗、つまり一つです。乗とは、衆生を乗せて悟りの境地へ運ぶ乗り物の意です。この世で悩み苦しむ多くの人々を仏のさとりに導くために、一つの教えをそれぞれの能力に応じて説かれたのであり、それらを最終的に包括したものが『法華経』であります。これを法華一乗思想といい、天台宗の中心的思想です。この一乗と三乗については伝教大師と徳一法師(法相宗)との論争が有名です。
『法華経』は、お釈迦様一代の教説はすべての人々(一切衆生)を一仏乗に入らせるためであると説きます。また、お釈迦様は釈尊として永遠の過去から永遠の未来にわたって人々を教化・利益し続ける久遠実成(くおんじつじょう)の仏であることを明らかにし、人々は永遠に救われることが説かれています。さらには、この世に存在するもののどれ一つとっても無駄や隔てがなく、差別対立もなく、この世を構成する上で重要な役割を果たしていると説きます(諸法実相)。あらゆるものが平等の上に存在するのは、仏はもちろん、人も草木も存在するものすべてが仏性を持ち、みな仏になる可能性を持っているのですから、本来は声聞・縁覚・菩薩という区別などありません。
このように、天台宗は、すべての人が仏になることができるという、法華一乗の教えを根本として、仏性の普遍と尊厳とを自信し、自行化他の菩薩道を並べ行い、正法興隆、人類救済の聖業に努め、かつ、国家社会の文化開発に尽くし、皆成仏道の実現と仏国土の建設とにあらゆる宗教的努力をすることを宗旨といます(天台宗宗憲第四条)。そして、宗祖伝教大師が立教開宗された本義に基づいて、円教、密教、禅法、戒法、念仏等いずれも法華一乗の教意をもって融合し(四宗融合という)、これを実践します(天台宗宗憲第五条)。

また、伝教大師は『山家学生式』や『顕戒論』などを著し、大乗戒壇の独立を朝廷に奏請しました。大乗の菩薩僧を養成しようとする天台宗は、当時の奈良仏教の厳密な小乗戒ではなく、大乗戒によって授戒するべきであると主張し、『梵網経』による戒を授ける戒壇院を比叡山に独自に設けることに心血を注がれました。その悲願は伝教大師が入滅した弘仁13(822)年6月4日から一週間後に実り、大乗菩薩戒(円頓戒)の戒壇院建立の勅許が比叡山に届けられました。
伝教大師の後には、慈覚大師円仁が中国五台山の念仏を日本に伝え、恵心僧都源信が『往生要集』を著して観心念仏を広め、やがて鎌倉新仏教といわれる諸宗派が開かれていきます。法然上人や親鸞聖人はお念仏、栄西禅師や道元禅師は禅、さらに日蓮上人はお題目によって、天台宗の一乗仏教の中から立教開宗していったのです。一面から言えば、鎌倉仏教の祖師たちも比叡山で大乗菩薩戒(円頓戒)を受けて修行して巣立ち、天台宗の四宗融合が展開されたということであり、鎌倉仏教によって広く大衆社会へ仏教が受容されていったのです。

以上は要点のみですが、この世に存在するものはすべて仏性を具えており、それを自覚し、常に心身の修行に励み、仏性の開発に努め、そうして現世をそのまま仏の国土として、理想的な社会を建設していこうというのが、天台宗の教えです。したがって、この教えが天台宗の主導する「一隅を照らす運動」の源泉であると言えましょう。

妙法蓮華経妙法蓮華経

『法華経』常不軽菩薩品には、何事に対しても常に敬う心も持つことが説かれています。遠い昔に常不軽菩薩がいて、どんな人に対しても「あなたは仏さまです」と言って、誰もが仏様と同じ尊い存在であると礼拝しました。常不軽菩薩は石を投げられようが、杖で叩かれようが、信念をもって礼拝し、仏教を弘められました。
一人ひとり、一つひとつは個性や違いがありますが、誰にでも仏性があるとことは平等です。それぞれの存在が大事であり、尊いもので、何一つとして切り捨てられるべきものはありません。また、自分の考えや行動があらゆるところに関わっており、それぞれが世界(法界・全体)の一員としてお互いに必ず影響を及ぼしているのです。私たち人間は一人では生きていけません。人と人の間にいる、苦と楽の間に、善と悪の間に、あらゆるものの間にいるから人間なのです。だからこそ、自分だけがよければいいという考え方ではなく、常に周囲や全体のことを考え、行動しなければなりません。自分が生きているということは生かされていることで、みなのことも生かさなければならないというふうに、満遍なく関係し合っているのです。これはさらに山も川も草も木もすべて平等に同じ命を生きているという山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)という日本仏教独特の思想に発展してきました。

伝教大師の御廟である浄土院は比叡山西塔地区にある伝教大師の御廟である浄土院は比叡山西塔地区にある

一隅を照らす運動は、信仰と実践に基づく天台宗の社会啓発運動です。宗祖伝教大師は、この国が国宝的人材(菩薩)で満たされ、この世界が浄仏国土となることを真摯に願われました。日本をひいては世界を真の一乗の国とするために、一人ひとりに菩薩の自覚を喚起し、菩薩の実践を呼びかけます。すべての者が自覚と実践によって仏となることができるということが、天台宗の教えであり、一隅を照らす運動の究極の目的であります。
自分と他人に仏性を認めあい、その自覚でもって人々を敬い、行動することができれば、平和で明るい社会が実現できるに違いありません。娑婆世界という現実世界こそ、私たちが一隅を照らす菩薩行の舞台なのです。

シンボルマーク

伝教大師の御廟である浄土院は比叡山西塔地区にあるシンボルマーク

天台宗の深い教えをデザインした一隅を照らす運動の象徴

一隅を照らす運動のシンボルマークは、この運動の推進を誓う我々にとって、心の支えとなるべき大切なものです。
三つの星は三諦星(さんたいせい)と呼ばれ、仏教の真理を象徴したもので、周囲の円は欠けることのない完全な教えを表しています。これはすべての人々が救われると説く、『法華経』を根本とする究極の教え、すなわち天台宗の教えであります。そして、その実践こそ、一隅を照らす運動そのものであります。