1968年、当時16歳の彼女は、恵まれないスラムの子どもたちが少しでも創造的な時間を過ごせるようにと、自宅に「1日1バーツ学校(1バーツ=約3円)」を開設。次第に生徒数も増え、やがて正式な学校として成長し、いつしか集会所としての役割も果たすようになりました。港湾当局から立ち退き要求をされたときには、一つの団体として当局と交渉できるようにスラムの住民たちを説得して回り、こうした活動はスラムの人に限らず、これまで何らスラムに関心のなかった人々にも、スラムを社会問題として意識させるきっかけとなりました。 |